聖書の終末時代は、大艱難時代(大患難時代)と呼ばれています。
英語では、Great Tribulationです。
イエスの再臨される手前の約3.5年の期間です。
艱難時代7年間の後半部分であり、反キリストが台頭します。
そして、世界を独裁支配して権力をふるう期間です。
世界に起きる患難がピークになる時期です。
先週、調べてみると、616という数字が出ました!
またか!です。
何という語を調べるかは、その都度、神から示されます。
今回は、他2つの数字についてのみ説明します。
大患難時代に起きることに関して、数字が関連する意味を含んでいます。
【192という数字の意味】
●腫瘍、胆汁、心痛、苦々しい思い、恨み、憎しみ、厚かましさ、無作法。
●膨らむ、腫れあがる、増長する。
●ギラギラする、熱波、ヒート。
●神の憤り怒り。
●様々な事柄が起きる、勢いをもって起きる、やって来る・出て行く、(法などが)発行される
●パン種。
※聖書ではパン種が象徴的に使われます。イースト菌(膨張剤)のことを指しています。
パン種には、陰と陽の両方の意味があります:
・罪が膨らむ・蔓延することの象徴
マルコ8:15、1コリント5:6-8
・福音を求め、個人的に神に出逢い救われる人が増えて行く。
イエスはまた、別のたとえを彼らに示して言われた。「天の御国はからし種に似ています。人はそれを取って畑に蒔きます。
どんな種よりも小さいのですが、生長すると、どの野菜よりも大きくなって木となり、空の鳥が来て、その枝に巣を作るようになります。」
イエスはまた、別のたとえを彼らに話された。「天の御国はパン種に似ています。女の人がそれを取って三サトンの小麦粉の中に混ぜると、全体がふくらみます。」
マタイ13:31-33
また、192 をストロングスで調べると、マルドゥク(マードゥク)という意味がありました。バビロンで崇拝された異教の神です。象徴的には、反キリストを指しています。
【75という数字の意味】
●リベラル・ブラザー
(※不信仰な者の象徴でしょうか?それとも、リベラルな人が霊的に目覚める?)
●軽蔑、強い自信、希望。
●湾曲、丘(丘陵)。
●設立される、基盤を据える。
●明るさ、明るい星、明けの明星(ルシファーや金星を指す)、輝き繫栄する。
●強く踏みつける、叩く、たた打ちつける、粉々に砕く; 折る、砕く、慟哭。
●満ちる。
●神には可能である。
●実行する; 奉仕する、祭司。
●7つ星、プレアデス星団。
●貪欲に食べる、むさぼり食べる。
●夜。
●何故なのか何故なのか、理解に苦しむ、腑に落ちない、矛盾。
●預言者ミカ。
●話し言葉。
●征服者、エジプトのファラオ。
●脇にそれる、または歩き回る。
●ボロ、引き裂かれた断片。
●息をする、吹く。
●後を追う、欲望する、情熱的に熱狂する、溺愛する、欲情する。
●通過する、去る、来る。
●噛む、刺す。
●植物(葦)。
葦について色々調べたものを以下にまとめました。
あなたは金を出して、わたしのために菖蒲(葦の一種)を買わず、犠牲の脂肪を供えて、わたしを飽かせず、かえって、あなたの罪の重荷をわたしに負わせ、あなたの不義をもって、わたしを煩わせた。イザヤ43:24
シェバから持って来た乳香やはるかな国からの香水萱がわたしにとって何の意味があろうか。あなたたちの焼き尽くす献げ物を喜ばずいけにえをわたしは好まない。エレミヤ6:20
葦は湿地に生える草の茎のことで、「サトウキビ」に似ており、紙(パピルス)に使われたポピュラーなハーブですが、聖書は葦をいくつかの異なる意味で用いており、深い意味があります。
旧約聖書における葦の象徴:
聖書の文脈では、強健な草の一種である葦のイメージは、どちらかと言えば、もろさ、揺らぎ、気持ちの弱さ、気まぐれ、信仰の弱さ、表面的な信仰 を象徴するために用いられています。
「主はイスラエルを打って、水の中で揺れる葦のようにされる。主はイスラエルを、先祖に与えたこの良い土地から根こそぎにし、ユーフラテス川のかなたに散らされる。彼らがアシェラの柱(偶像)を作り、主の怒りを買ったからである。列王記上14:15
ナイル川沿いの河口の植物も、ナイル川沿いの蒔かれた畑はみな干からび、吹き飛ばされ、もはやない。イザヤ19:7
それは蓮の下に、沼地の葦の間に隠れている。ヨブ記40:21
見よ、私は、あなたがエジプトに頼っているのを知っている、あの葦の枝は、それに寄りかかる者の手を刺し通す!エジプトの王ファラオは、彼に頼る者すべてに対して、そのような者である。2列王記18:21
そうすれば、エジプトに住む者はみな、わたしが主であることを知るだろう。「あなたはイスラエルの民のために葦の杖となった。エゼキエル29:6
傷ついた葦は折られず、くすぶる芯は消されない。主は忠実に正義を行われる。イザヤ42:3
新約聖書における葦の象徴:
旧約聖書と同じく、傷ついた葦は、試練(恵み)に弱い信者、不安定な信者、気まぐれな信者、揺れ動く信者を指しています。
また、葦は杖の象徴であるという解釈も存在します。
ヨハネの弟子たちが立ち去ろうとした時、イエスは群衆にヨハネについて話し始められた。あなたがたは何を見るために荒野に出て来たのか?風に揺らぐ葦であるか?
マタイ11:7
いばらの冠をねじり合わせて、その頭にかぶせ、彼の右手に杖を差した。そして、彼の前にひざまずいてあざけった。「ユダヤ人の王、万歳!」 マタイ27:29
※ローマ兵たちがイエスの右手に差した杖は葦であったと解釈されています。葦は打たれても葦は柔らかいため折れることはありません。頑固で頑な、平然としている人間の心を象徴しています)。
しかし、イザヤ書42章を読んでみると・・・
神様は、不信仰で弱い人間を憐れんで下さることが解ります。
万能の王であるイエスでさえも、人間が抱く 死の恐れや、この世の闇(悪・犯罪・権力支配)を理解した苦難のしもべでしたが、多くの人々とは異なり、イエスは絶望的なケースにさいなまれている人々と出逢われました。虐げられ、打ちひしがれている人々を愛しておられます。
主はそのような人々や状況に威圧的な態度で臨むのではなく、優しく卑しい恵みで臨まれます。絶望した者に希望を、傷ついた者に癒しを、虐げられた者に正義をもたらすために来られました。 彼こそが唯一、人類の罪のために犠牲となった子羊です。
「大艱難時代」の数字に「葦」が示された関係を、まとめてみました:
多くの者が神を裏切ってしまう、信者でさえ怖くなって信仰がぐらつき、神を信頼し続ける気持ちが揺らぎます。しかし、神様は忍耐で見ておられます。不信仰になったとしても、神の憐みによって助けられるケースも起こりえます。
しかし、神よりも反キリストに熱狂し続けるなら、自ら滅びの運命を選んでしまうことになり、神はあえて、その惑わしを放置されます・・・
艱難時代、神が誰をどのように 計らう・対処されるのかは、神御自身の決断で決まります。
今からでも神を畏れ、感謝し、個人的な関係を持ち、何があっても信頼し続ける訓練をする必要があります。大艱難時代の準備として、心の弱さや誘惑、同調に負けない免疫を作っておくことが大事です。
大試練は、イエス様が来臨されるまでの期間です。誰もが人生最後に、何を選ぶのか、大きな試しが与えられています。死に至るまで忠実であり続け乗り越えましょう!
イエスを心から信じた者であれば、再臨時に死人の復活も起きます。